お知らせ

雪山童子(せっせんどうじ)

2017.01.06

昔むかし、雪山(せっせん)という山に、一人の若者が住んでおりました。

その名は雪山童子。ひとり静かに仏道を行じておりました。

世に仏はましまさず、教えを求める童子の思いは募るばかり。

ある日のこと、童子が道を歩いていると

『諸行無常、是消滅法』

夢にまでみた仏の教えを説く声が聞こえてきたのです。

「いったい誰が…」

童子がまわりを見渡すと、そこにはあら恐ろしや、髪は炎の如く、歯は剣の如き鬼神が立っておりました。

「鬼神よ、先ほどの仏の教え、残りをぜひともお説きください」

すると鬼神が答えるに、

「ワシはもう腹ペコじゃ。ワシに話しかけるでない」

「あなたは何をお食べになるのか。私が食事を用意しましょう」

「ワシが食らうのは柔らかな人の肉、飲むのは温かな人の血潮。されどこのごろは、仏さまの使いが護っておるゆえ、人を食らうことができん。ご信心をしない悪い奴を捜しまわっているばかり」

そこで童子は言いました。

「私の身体をさしあげましょう。さあ、統きを」

「ふざけるでない。誰が信じる、そんな話」

「いずれ死ぬこの身。尊い教えに替えるなら本望。諸仏・諸菩薩・諸天善神を証人に真の誓いを立てましょう」

一点の曇りもない澄んだ瞳で、童子はそう告げました。

鬼神も少しは和らいで、

「おまえのことばが本当ならば、残りを説いて聞かせよう」

童子は大いに喜びました。

着ている着物を脱いで説法の座とし、手を合わせ跪き、 まっすぐに鬼神のことばを待ちました。

『生滅滅已、寂滅為楽』

これを聞いた童子の感激やいかばかり。この教え、いついつまでも忘れまい。何度も何度もロずさみ、

「それにつけても心残りは、この尊い教えを私一人が聞いたこと。私の死後も、この教えが人々の目に触れてくれますように」

童子はまわりの木の幹や石や壁、いたるところに鬼神のことばを書きつけました。

それから、そばにあった高い木に登り、

「私の願いはただ一つ。今より後に来たる人、どうかこの仏さまの教えを読み、 正しいご信心の道に人ってくれますように」

言い終わるや、童子は鬼神の真っ赤なロめがけて飛び込みました。 するとどうでしょう。 鬼神は一瞬のうちに帝釈天に変身し、童子をしっかり抱きとめました 。そっと草の上におろして言うに、

 「どうか私をお許しください。ご信心をはじめる人は多く、最後まで持ちとおす人は少ない。あなたの場合も同じであろうと、こともあろうに、私はあなたのことを試したのです。私の罪をお許しください。そして、私をお救いください」

二人のまわりには、どこからともなく多くの天人が飛び来たり、

「すばらしいこと、尊いことよ。この童子こそ真の菩薩。仏の教えを求めたり」

このうえもなく美しい声で歌うのでした。

 

雪山童子はお釈迦さまの前身のお姿だというお話です。