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虫のよすぎる話

 むかし、小さな村のかたすみに、二人の兄弟が住んでいました。お父さんとお母さんは、わずかばかりの田んぼを残して、早く亡くなりました。そのあと兄は、いっしょうけんめいに残された田んぼを耕しながら、小さな弟を育ててきました。

 朝はまだ暗いうちに起きて、眠っている弟をそっと横目で見ながら、田んぼに出かけます。 そして、お日さまがしずんで、あたりが暗くなってから帰ってきます。 毎日毎日、いっしょうけんめいに働きました。しかし、それでも満足に食事もできない貧乏な暮らしをしていました。

 

 もともとこの田んぼは、山のふもとの石ころの多いところを、お父さんとお母さんがせっせと切り開いた田んぼです。水も少なく、日あたりも悪く、よい田んぼとはいえません。 でも、貧乏だから仕方がなかったのです。よい田んぼが、買えなかったのです。

 

 兄は、暗いうちから田んぼに出かけました。やがて、弟も田んぼに出て働くようになり、少しは生活が楽になりました。

 貧乏が身にしみついた兄は、あるとき思いました。“なんとかして、せめて一度でもいいから金持ちになりたい”と。

 ある日のこと、弟をよんで、

「これからは、おまえが田んぼを耕しなさい。ここには麦を、あそこには米と豆の種をまきなさい」

といいつけて、自分は村はずれの天神さまのやしろにいき、

「どうぞ神さま。 貧しい私をあわれに思い、一度だけでもお金持ちにしてください」

とお願いしました。それからは毎日やしろに来て、いっしょうけんめいにお祈りをしました。弟はひとり、田んぼへでかけていきました。

 

 いく日かたったある日のこと、天神さまは弟のすがたに身をかえて、今日もお祈りをしている兄の前にあらわれました。弟のすがたを見た兄は、

「おまえは、なにしにここへきたのだ。私のいいつけたように、よく田んぼを耕して、種をまいたのか?」

すると弟は、

「兄さん、 いくらいっしょうけんめいに働いても、たかがしれています。 私も兄さんのように神さまにお願いをしてお金持ちになり、きれいな服をきて、おいしいものをいっぱい食べたいと思います」

これをきいて兄は、

「弟よ、おまえは田んぼを耕やさず、種もまかないで、 お金持ちになれると思っているのか?」

「……なんといわれました?もう一度聞かせてください」

「なんども聞かせてやろう。 いいか、よく聞くんだ。種をまかなければ、どんなものでも芽が出ないのだ」

それを聞いた弟はすかさず、

「兄さん、それでは田んぼを耕して、種をまかないとお金持ちにはなれないのですか……。 でも、兄さんは田んぼも耕さず、種もまかずに、毎日神さまにお祈りをするばかりではありませんか。 私も兄さんのように、何もしないでお金持ちになりたいのです」

「うむぅ……」

 このとき、弟に姿をかえていた天神さまは、もとの天神さまの姿にかえりました。 弟とばかり思っていた兄は、すっかりおどろいて、

「あぁっ……神さまっ........」

と、へたへたと座りこんでしまいました。天神さまは、あわれみの目で兄を見下ろし、

「いま、おまえの言ったとおりである。ほんとうに金持ちになろうと思うなら、自分で努力することを忘れてはならない。 何もしない、いくら祈っても、のぞみは叶えられないのだ。それこそ虫のよすぎる話だ。おまえが人のためにも働き、自分のためにも働くならば、わしが力をかして、おまえを金持ちにしてやろう」

 ふと気がつくと、そこには天神さまの姿はなく、空を見上げればお日さまが、 やさしくほほえんでいました。

 

 それからの兄弟は、暗いうちから田んぼに出かけ、一番星に見送られながら、あたたかい家に帰りました。 二人なかよく力を合わせ、明日もそのつぎも、またそのつぎもがんばるでしょう。

 

そして、 きっとお金持ちになることでしょう。