元気の源は旅にあり
三浦さん
私は市内にある老舗のとんかつ屋にお嫁に来ました。昭和42年、23歳の時です。地元の女子高校を出て会社勤めをしているときに、縁あってお店の2代目であった夫と知り合ったのです。
店を営むということは予想以上にたいへんなことで、朝から夜遅くまで働きました。週休は1日ありましたが、商家の宿命のようなもので、休みの日にもよくお店に行っていましたから、実質は年中無休という日々です。
私たち夫婦は昭和5年の創業者である両親と同居していましたが、毎日家族全員でお店に行きました。女性も欠かせない戦力です。それだけ忙しかったということです。当時はちょうど日本全体がエネルギーを石炭から石油に替えていく転換期でしたが、常磐炭鉱がまだ稼動していて、町全体に活気が満ちていました。あちこちに料亭や飲み屋さんがたくさんあって、夕方から夜になると、どのお店もお客さんでいっぱいになった光景を覚えています。
ラーメン1杯が40円で食べられた時代にお店で出していたとんかつは200円。庶民にとっては高級品でしたが、客足は途絶えることなく、私か嫁いでから3年目には支店を出して、従業員は20人以上となりました。義父はしっかりした人で、お店を会社法人にしていました。店員の福利厚生を考え、また嫁である私のためにはOL時代にひけを取らない給料を出してくれたのです。いま何とか年金で暮らしていけるのもそのお陰です。
私たち一家は自宅だけでなく、お店にも小さい「ご本尊」を安置してお題目をお唱えしました。特に義父が信心深い人で、毎日仕事があって、商売ができるのはご信心あってのこと、という人生観を強く持っていたのです。実は主人は店の2階で産まれました。義母はお店が忙しすぎて、自宅に戻る余裕がなかったのでしょう。ご本尊のある場所で生を享けたということは、生涯お題目とともに歩みなさい、という意味だったのでしょうね。
そして浄風会のご信心は主人にきっちりと受け継がれていったのです。私かお嫁に来だのはそういう家ですが、理屈であれこれ言われることは全くなく、信仰のある暮らしには、ごく当たり前のようになじんでいきました。
こうして25年あまり働いてきたとき、夫婦間で「旅行に行きたいね」という話がよく出るようになりました。お店が忙しいほどそう思いましたが、店員に働かせて自分たちだけ旅行に出るわけにも行かず、この楽しみはずっと温めてきた思いでした。
そして平成4年。そのころ両親は亡くなっており、主人と私とで決めたのですが、長い間勤務してくれた熱心な店員さんに、お店を譲ることにしました。お店自体は繁盛していて、もったいないような気もしましたが、ここらへんで第二の人生を歩もうと決めたのです。自分たちがオーナーとして残るのではなく、すべてすっきりと譲り渡すというやり方は、知人からは惜しがられたものでした。私たちには子どもがいなかったこともあるかと思いますが、お店が好調なうちに次の人にバトンタッチしようと考えたのです。
いま考えてみれば、それでよかったのだと思います。私たち夫婦はいま、後ろを振り返らず、些事にこだわらず、そして規則正しくシンプルな生活を楽しんでいます。念願であった旅行にも月1回は行っています。ドライブでは夫婦交代で運転し、旅に疲れた頃に家に帰ってきてゆっくり休み、また次の旅を企画するような日々です。それが元気のもとになっています。
そして何より、暮らしの根底に信仰があります。それが私たちをしっかりささえているのだと思います。
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