8月
2025年
言葉は心を変化させる
人は言葉によって癒され、元気づけられるもの。言葉の大切さを見直してみましょう。
ちょっと前になりますが、ご信者のFさんからこんな話を聞いたことがありました。
Fさんは、穏やかで口数の少ない、いつも静かに笑っているといったタイプで、この人は怒ったことがあるんだろうかと思うような人です。
「人(にん)、相に表れる」とよく言われますが、その人の人間性は自然に姿・形に現れる、ということです。
で、Fさんは毎日通勤する時に、駅に向かう途中にパチンコ屋さんの前を通るのですが、いつもその時間にお店の前を掃いている男の人がいました。
いかにも不愛想な感じの人でしたが、Fさんはいつも「おはようございます」と声をかけて通り過ぎていました。
しかしその男の人からは何の返事もあいさつもありませんでした。けれども、Fさんは出合う度に「おはようございます」と声をかけて通りすぎていました。
ある日、例によってFさんがお店の前に通りがかって、箒を持ったその人と目があった。すると、その時彼のほうから「おはようございます」とあいさつをしてきたということでした。
Fさんは、そのことをいつものように微笑みながら、遠慮がちに語ってくれたのでした。
これは世間にはままあることで、不思議ではありません。
が、このお話は声をかける・言葉をかけることの大切さを教えてくれています。言葉を声に出すと、人の心は変化するのです。
相手の方を思って、「幸せにしたい」「お教化したい」と切に願って言葉にすれば、それは祈りになり、「南無妙法蓮華経」という声を耳に聞けば、お題目に縁が結ばれるのです。
私も若い頃は、(信じていないのに、お唱えしても効果あるのだろうか……)などと思ったものでした。
しかし、「声、仏事をなす」というご指南があります。この「声」とはお題目、「仏事」とは仏さまの慈悲のはたらきのことです。
お題目自身に、心にはたらきかけ導いていく力があるのです(これを「法体の折伏」といいます)。
また、法華経(方便品)には「もし法を聞くことあらん者は一(ひとり)として成仏せずということなし」とあります。
考えてみれば、そういう素晴らしい教えを持っている人生は、ステキじゃないですか。ありがたいじゃないですか。
日蓮御聖人はこうおっしゃっています。
「衆生の心穢(けが)るれば土(ど)も穢れ、心清ければ土も清しとて、浄土と云(い)ひ穢土(えど)と云ふも土に二つの隔(へだ)てなし。只我等が心の善悪によると見えたり」(一生成仏抄)。
根本善のお題目をお唱えして、心に仏さまの慈悲の種が植えられ、心が豊かになってこそ、人生も、社会も、世界も、真の幸福や平和が実現していくのです。
そのようにご感得いただきまして、日々のご信行に励んでまいりましょう。 合掌