4月
2026年
ご信者の人生は生きた法華経
法華経のお題目をお唱えする信仰を支えにすること。それが、善き日常生活を送ることにつながります。
◇因と縁
春になって、暖かくなってくると自然に気持ちも春めいてきます。先日の新聞の投書欄にこんな記事がありました。大阪府の医師の方からです。
一時帰国中の長女とお昼を食べ、大阪駅でバスを待っていた時のことです。近くで沖縄の基地建設に反対するビラ配りをしている高齢の女性に目が止まりました。
「沖縄の方ですか?」と声をかけると、岡山出身で大阪在住の81歳だとの答えです。
(中略)話を続けていると、女性から「あなたは、心はどこにあると思いますか」と問われたのです。
答えに窮した私に女性はこう語りました。「こうして話しているあなたと私の間に生まれるのが心なんですよ」
一方的な主張だけでは、心は生まれない。なるほど昨今の世の中は、まさしく「心ない状態」に陥っているのではないだろうか。
そう感じさせられたひとときでした。何かを伝えたいなら、相手の話にも耳を傾ける。そこに生まれる心を大切にしていきたいと思います。
こういう時代ですが「心」について問う人もいて、また「心」を問われて深く感じる人もいるんだなと、あらためて気づかせてくれるほのぼのとした投稿でした。
人と人が言葉をかわし、そこに触発されていろいろな心(思いや感情)が生まれてくるわけです。これを仏教では「縁」といいます。
一方、共鳴したり反発したり、喜んだり泣いたり……人間の心を「因」といいます。好いことも悪いことも、この因と縁が和合して物事が展開していくのです。そういう人間感情の先に平和も戦争もあり、浄土も地獄もある。みんな人間の心によってあるわけです。
しかし、誰しも平和や幸福を願いながら、その心は時や環境や立場によって善くも悪くも変わっていきます。人生には良かれと思っても、自分の思ったとおりにいかないことが多いものです。自分自身の心さえ、一時の感情に押し流される場合もあります。「つい、カっとなって」とか、「つい、むらむらと」とか、その人によって言い方や行動に傾向はありますが。いずれにしても、縁によって因が引き出されてくるのです。
◇真実の功徳力
この、「因」の持っている良い面を引き出す「善縁」と、悪い面を引き出す「悪縁」があるわけですが、人間界は迷いの世界ですから、善でも悪でも根本的には迷いのうちにあるのです。
一時的に善縁であってもその良いことがいつまでも続くことはありません。あっちへ転がり、こっちへ転がり……迷いのうちにある人間に、本当の主体性はありません。したがって、本当の人生も生き方もないのです。これを「六道輪廻」といいます。
転生しても転生しても迷いの世界すなわち六道輪廻のうちです。「六道輪廻」も「転生」も仏教用語ですが、その迷いの世界を脱して真の人生を得るために仏教は説かれました。
その仏教の究極の真実として説かれたのが根本善の「妙法蓮華経」です。
この「妙法蓮華経」を耳に聞くことを根本の善縁として、ご信心をしっかり持つこと。そのことによって、人生は生まれ変わり死に変わりしながら魂に仏の種を植え自身の成仏とともにこの世界を寂光浄土にしていく、本当に意味のあるものになっていくのです。
四十余年という長い方便の教えが説かれたあと、真実の一法「妙法蓮華経」が説かれる直前に、その露払い(開経)として説かれた「無量義経」が説かれます。
そこには、真実の教えのもつ数々の不思議な功徳力が説かれます。その功徳力の、一番初めは「浄心不思議力」です。
浄風会の「浄」に「心」と書いて「浄心不思議力」です。これは具体的にどういうことかというと、この経は人々の眠っている仏心を呼び起こし、慈しみの心のない者には慈しみの心を呼び起こし、殺戮を好む者には憐れみの心を起こさしめ、嫉妬深い者には随喜の心を起こさしめ、執着心の強い者には諦めの心を起こさしめ、貪りの心の強い者には施しの心を起こさしめ、慢心の者には謙虚な心を起こさしめ、怒りっぽい者には耐え忍ぶ心を起こさしめ、気の散漫な者には集中する心を起こさしめ、愚痴多き者には智慧の心を起こさしめ……という具合にこの真実の一法・妙法蓮華経は人々の浄らかな心を呼び起こす不思議な力をもっている。お題目をお唱えしながら、個性のままに人格が磨かれていくのです。
その「妙法蓮華経」では首題・題目が示されたあとに、「如是我聞(にょぜがもん=仏さまのお言葉を私はこのようにお聞きしました)」という言葉で六万九千三百八十四文字といわれる経文が展開されていきます。
日真大徳はそのことをお教歌にこう詠んでおられます。
「如是我聞(にょぜがもん) 昔のことと思うなよ 我等信者のうえのことなり」
平凡なように見えても、法華経をお持ちするご信者の人生は皆、「生きた法華経」なのです。人は皆、ほんとうは「仏さまの子」なのです。
共にそのようにご感得させていただき、日々のご信行に励んでまいりましょう。 合掌