8月
2026年
かならず機が熟す
ご信心のありがたさに気づくとき、ご信心が増進のときなのです。
私の大学受験のときのご祈願の思い出と、その後の体験をお話しさせていただきます。
私が高校に入学したとき、両親から「もう昔なら元服して大人。これからは自分で考えて生きていかなければならない」と言われ、高校入学後は何も言われることはなくなりました。そして、しだいに家でお看経をつとめる機会も減っていきました。
高校三年生になり大学受験が近づくにつれ、「合格できるだろうか?」という恐怖で精神的に不安定になりました。そんなときは、お題目をお唱えして心を落ち着かせていました。
そんな状況でしたので、また、家でお看経をするようになっていきましたが、それでも心配や不安が押し寄せたときには、家から6kmくらいの距離にある名古屋支部の納骨堂へ自転車で向かい、一人で手を合せてお題目をお唱えしていました。
そんな私を見ていたのか、あるとき両親から「一緒に納骨堂でお題目をお唱えしよう」という話がありました。私は、「信心深い父が一緒なら、私だけでお唱えするよりもご利益があるのでは」と安心し、そして嬉しくもありました。
お看経のなかで父は、「どうか息子が良い方向に向かいますように」と言上をしました。私は、なぜ、「大学受験合格」と言ってくれないのか?、正直とてもガッカリしました。今でも強烈に覚えています。
そんな私も年を取り、親戚の子が大学受験をすることになり、朝晩のお看経でご祈願をあげることにしました。気がつけば私も、「どうか良い方向に」と言上していました。その瞬間にハッとしました。「あのときの父と同じではないか」。今になって、あのときの父の言上は私のことを本当に考えてくれた、心のこもったものだったと気がつきました。
法華経の五百弟子受記品に、「衣裏繋珠の譬え」というお話があります。
ある貧しい男が親友の家で酒に酔って寝てしまった。親友は彼の衣の裏に宝の珠を縫い付けて、出かけていきました。目を覚ました男は、それに気づかず、また、苦しい生活をしながら他国を放浪します。やがて親友と再会したときに、衣の裏の宝のことを知らされた、というお話です。
この譬えの親友はお釈迦さまで、貧しい男はようやく機が熟して、すなおにお釈迦さまの教えを受け入れることができた仏の弟子たちです。
高校生のときには受け入れることができなかった私は、再びご信心をするようになり、機が熟して当時の父のご祈願言上のありがたさに気づくことができました。そしてこの体験が、私が両親から信心継承できた瞬間だったのかもしれません。
この体験から言えることは、「必ず機が熟してご信心のありがたさに気づくときがくる」ということです。
ぜひ朝晩のお看経で、ご自分の正直な気持ちを込めてご祈願してみてください。「家族が御法様にお任せをして、良い方向に向かいますように」という思いを込めてご祈願することが、何より大切です。
家族は必ず聞いています。そして皆さんの気持ちは言上を通して必ず家族に伝わり、衣裏繋珠の譬えのように、必ず機が熟すときがきます。
ぜひ「お題目によるご祈願」という宝珠を、家族の記憶に縫い付けてあげてください。きっと良い方向に向かうことでしょう。